甲府府、長崎府、、、
明治維新の際、東京が東京府となって、太平洋戦争中まで東京府が存在していたという事実は承知しており、具体的には都内の有名高校が府立〇中となっていたということは多分多くの人もご記憶していると思います。
ツイッターで上記のような記事が出て、函館府、越後府、神奈川府、甲府府、渡会府、奈良府、長崎府、、、
このような〇府があったということを目にして、「ああそういう事か、、、」と何となくわかりました。
明治新政府は従来からの藩体制を廃止して、中央集権的な組織とするために廃藩置県をしたわけですが、江戸時代に藩が置かれなかった場所、、、
例えば、江戸、甲府は江戸幕府直轄地というか多くの旗本等が所領を持っていた土地。
函館、京都、大阪、長崎、渡会などその他の地は、江戸幕府の遠国奉行が置かれたところ
昔からの権益が強く藩という組織が無かったか、あるいは小藩が分立した京都大阪奈良
開港場であった函館神奈川長崎など
今、京都と大阪だけが「府」であり、何でここだけ「府」なんだと思うわけですが、京都奉行や大坂町奉行という江戸幕府の組織があって、明治の代になって他と一律で「県」に出来なかったわけですね…

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