六曜が暦に載ったのは明治改暦以降
いわゆる旧暦から新暦に変わったのは新暦に変わったのは西暦1872年、明治5年のこと。
この時に政府は明治天皇の名前によって「改暦の布告」を出しています。
朕󠄂惟フニ我國通󠄁行ノ曆タル太陰ノ朔望󠄁ヲ以テ月ヲ立テ太陽ノ躔度ニ合ス 故ニ二三年間必ス閏月ヲ置カサルヲ得ス 、、、月を中心とした暦にしているので、太陽の動きと調整するために閏月を入れなければならない,,,というように旧暦の面倒さをとなえて太陽暦に変えると宣言しました。
さらに太政官布告では
今般太陽暦御頒布に付、来明治6年(1873年)限り略暦は歳徳・金神・日の善悪を始め、中下段掲載候不稽の説等増補致候儀一切相成らず候
太陽暦を領布するにあたり、歳徳=吉の方角、金神=凶の方角、良い日悪い日,,,などなど根拠のない妄説を暦に一切書いてはダメだ,,,としました。
福沢諭吉も
これまでの暦にはつまらぬ吉凶を記し黒日の白日のとて訳もわからぬ日柄を定たれば、世間に暦の広く弘るほど、迷の種を多く増し、或は婚礼の日限を延し、或転の時を縮め、或は旅の日に後れて河止に逢ふもあり。或は暑中に葬礼の日を延して死人の腐敗するもあり
要は改暦とともに、迷信は捨て去ろうという主旨でした。
ところが、昔の人は、暦といえば、その日の吉凶を判断するものという程度の認識だったので、吉凶の記載のない暦に困ってしまい、他方で政府の検閲が怖いので、正面切って従来の吉凶判断を暦に書けなかったため、従来暦には使われることの少なかった六曜を併記するようになったとのこと。
もともと六曜は簡単な数字遊びみたいなところがあり、計算方法は上記。
6月1日なら6+1=7 7÷6は余り1なので、赤口としています。,,,以下同。
この六曜のどこに、結婚式場を満杯にし、葬儀場を休みにする力、あるいは午前がイイとか午後は悪いと決める根拠があるのか,,,
天文は暦とともに歩んできた歴史があり、この六曜についても、試験問題に出るので勉強しています,,,もちろん日の吉兆ではなくて、用いられた経緯などについてだけですけども
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