タイランド湾を見て暮らす・パタヤコージーライフ

Pattayaでのリタイヤライフです。旅行/日常生活/ゴルフ/鳥見/タイ語学習

タイ国内旅行 29 カオソック国立公園 ⑱

Sarasin Bridge


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今回一連のタイ北部/タイ南部の橋シリーズ、この橋でちょっとお休みします。
ストックとしてはあるのですが、インパクトがイマイチなので。
来月には再開できると思います。


この橋の意味合いは、いくら考えても、不可解の一言。

 プーケット島とタイ本土を画する海峡に架かる橋。 

 Googleマップから拝借した空中撮影写真。


 同時に地図からスケールアップすると、中央の桁下を確保している部分の橋長100mは2@50mです。詳細確認できていませんが、PC桁橋としての設計上限値ギリギリであり、3つの橋脚部は脚天端でコーベル構造にして、実質のPC桁長を短くしていると思われます。


 Wiki には、At present, Sarasin Bridge does not provide services for cars to run through as in the past.とあり、この橋(一番手前の橋)は歩行者専用橋として建設されたようです。少なくとも現時点の橋梁は、階段でしか取り付いていないため、バイク/自転車での往来は不可能です。


 橋の前後は盛土+橋梁構造です。


 wikiによれば、
 Sarasin Bridge is a bridge in Thailand, it is a bridge connecting the mainland of Phuket and Phang Nga in southern Thailand, and known as one of the most beautiful bridges and has an unforgettable history of Thailand. It was built in 1951 and officially opened on July 7, 1967


 1951年に作られたが、公式の開通は1967年、、、一体どういうこと?

 現在、自動車交通のために上下線並列橋梁が架橋されていて、北行が新しい片持ち張り出し架設橋、南行(奥側)が最初に架けられた方でPC合成桁橋。

 ここからが橋梁区間。タイ人たちが、大好きな釣りを楽しんでいます。ちなみにこの日は平日。

 正面にメインの橋梁への昇り口が見えてきます。壁面にはサパン・サラシンとあります。


 拙訳だとサラシンは「良きものの存在」となりますが、実際にはかつてのタイの首相の名前で、建設時点の国家開発大臣だった人だそうです、、、現役の大臣が自分の名前を橋につけるというセンスはすごいと思うばかり。


 左右対称の階段となっていて、運用上、上りと下りを分けたのかな?などと夢想。

 階段を中段まで昇ったところ。PC桁ですね。


 「 It was built in 1951 and officially opened on July 7, 1967」の意味ですが、1951年当時にこのようなPC桁は存在しなかったのでは?と思います。橋梁技術にどん欲だった日本でさえ、1954年にスパン30mのPC桁橋を作ったのが最初で、しかも設計者はフランス人でした。


 なぜ建設と正式開通が16年間も隔たっているのかは不明ですが、1951年当時は鋼トラスみたいな軽便な桁が架かっていて、いまの重厚なPC桁橋は1967年に出来上がったのでは?と推測します。

 ちなみに小生が最初に橋梁設計書と取り組んだのは、大学3年の夏休み、建設省の事務所で実習生として、国道2号百間川橋の構造チェックした時でした。今は懐かしい青焼きによる複写で製本しています。


 対象は昭和30年代に作られた日本でごく初期のPC単純T桁でした。1967年=昭和42年であれば外国の力を借りて、タイにPC桁は存在しうると思います。

 高欄はクラシカルというか凝った意匠です。
 照明が付いています。夜も立入り自由のようで、Googleマップにも夕景、夜景の写真が投稿されています。 

 橋面は隣接の道路橋とほぼ同じ高さです。

 でもどうしちゃったのだろう、怖くて怖くて、橋の中心線に沿って真ん中の橋脚までヨタヨタ。昔はスタスタ歩いたものでしたが。

 明確な資料はありませんが、1951年当時、今ある道路橋は存在しておらず、渡船で渡っていたと考えられます。


 中間橋脚上の東屋/展望台。先見の明があったというか、1951年の建設時からこれがあったとすれば、また仮に1967年であったとしても、驚異的な贅沢品だったと思います。


 例えば日本の事例で考えてみれば、このような渡海橋梁で、歩行者専用橋って、多分ないと思います。それを戦後間もない1951年、あるいは1967年にしても、タイが作ってしまうところが、不可解というか、誰がこんな「英断」を下したのだろうかと。 

 ちなみに本文の前の方で「has an unforgettable history of Thailand」とありましたが、1973年にこの橋で心中事件があったとのこと。


 男性はソンテウ(トラック改造バス)の運転手、女性は富裕層の大学生。両親に結婚を認められず、この橋から飛び込んだとのこと。1987年にこれを題材にした映画が製作され大ヒット、、、それ以来、タイ南部の著名観光スポットとなったようです。


 海はきれいだし、景色もいいです。