タイ国内旅行 23 チェンマイ北部 ⑦
ドイアンカーンから降りてきたところに、亡命中国人の集落です。中国で共産党が政権を握った後、蒋介石は台湾に逃げましたが、中国と国境を接しているビルマに越境したグループがいたようです。その後ビルマに中国共産党の影響が強くなり、さらにタイ国内に逃げ込み作られた村がここだそうです。
この村のちょっと南に、アルノタイという集落があり、こちらの方が亡命者集落としては大きく有名です。現在も、ビルマとの陸路国境が開かれており、タイの中でもよく知られた街です。パタヤにも「アルノタイ通り」という、この集落名を冠した通りがあります。
パッと見た感じ、裕福そうな感じはなく、山岳部少数民族と同程度の経済生活を営んでいる感じです。一般に、タイの中国人は裕福と相場が決まっていますが、あとからやってきて、山に隠れ住むしかなかったグループの生活は苦しそうにみえます。
精一杯、タイ政府から文句を言われないように、タイに溶け込もうとはしているものの、レンガ側面の模様はトンボのようにも中国の中にも見えます。タイ政府としても、厚遇すれば現中国に文句言われますし、難しいですね。
タイ政府としては、小学校でタイ文字を教え、タイ語を話せば、他の少数民族並みに扱うのでしょうが、許可なく越境して勝手に住みついたわりに、溶け込もうとはしていなさそうです。
ぐっと降りてきて、昨日、途中で断念したDoi Whiang Pha国立公園へ向かうことに。
昨日とは違った方向からアプローチしたため、道の各所に国立公園への案内標識が立っています、、、でも道は、昨日の道とどっこいどっこい。国の金がほとんど入っていない、国立公園のように思えます。
入り口は、他の国立公園並みにちゃんとしています。
ここは滝が売り物で、滝へのトレイルがあり、500mほど歩きましたが、全体的に水が枯れているようで、もともと滝に関心があるわけでもないので、途中で戻ってきました。
国立公園は、内部で宿泊ができるようになっています。テントなども貸し出しされます。
ツアーガイドも雇えるようになっているようで、「自分で自分の食い扶持くらい稼げ」という感じで政府から申し渡されているのでは?と感じます。
オジロビタキTaiga Flycatcher
これはいまだに、迷っています。「ヒタキ」の類だとは思いますが、ぴたりとあてはまる種の名前がまだ探せません。
タイリクハクセキレイです、、、ドイアンカーンの標高1700mあたりでも見ています。小生のセキレイのイメージは、この写真のようにシュッとした姿です。
アオショウビンですね。今まで一番多く見たカワセミ類の鳥です。
宿のあるファーンの街まで戻ってきました。お疲れ気味であり、あまりとやかく考えず、串焼きで夕食。
すぐ横でコメを売っていました。
パタヤだと量り売りですが、この市場では、小袋で売っていました、、、貧しいのかな?
日本と同様に銘柄で値段が違うのですかね?日本でもそうですが、見た目ではわかりませんが、タイ人は、粒の大きさとか、つぶれ米の比率、照りなどで、見分けられるのでしょうかね?
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