なぜ日本人は賽銭を投げるのか
秋雨前線が停滞中で、外にも出られず、本を読む一日。
「なぜ日本人は賽銭を投げるのか」、表題に惹かれてポチリとした本ではあります。
問われれば確かに、神社や寺など、神や仏を祀る社殿の入り口で、金を投げつけるかのように賽銭を投げるのは不遜というか神仏を尊ばない行為のように思われます。
ざっくり著者の見解をまとめると、投げつけられる貨幣は参詣客の穢れを吸い込んだものであり、捨てられるように放り投げられるのは当然だ、というもの。
賽銭箱はそういった穢れを受け入れるものなので、ぞんざいに金を投げ入れても何ら問題がない。
日本の民間習俗では、一方の穢れは他方の幸いになる例は多く、賽銭箱に入れられたお金は浄財として寺院により使われる、、、
なんかよくわからない理屈ですが、当該箇所を2回読んで小生が理解した結論が上記。
この本を「前書き」から読んだわけですが、筆者曰く、本の題名は編集者が潜在的購買者の目を引くために付けた、、、とのこと。言外に「賽銭云々」は本書のメインテーマではないといわんばかり。だからというわけではありませんが、「賽銭を投げるのか」について明確な答えは得られませんでした。
これは朝の散歩コースで石材屋さんの店先で見かけた五輪塔形式の墓石。95000円って安いなと思って撮影したものです。
この本は七夕、節句などの習俗から死生観や葬式など様々なしきたりというか、風習を解説しています。
日本における庶民のお墓事情についても書かれてあり、
++ 奈良時代にはある程度以上の貴族しか墓を作ることは許されなかった。庶民はほぼ野山に散骨していた。
++ 天皇は陵墓を作るのが一般的だが、平安初期、桓武天皇の子供である淳和天皇は、霊魂が残って悪さをしてはいけないので散骨せよと生前に指示して、骨は散骨された
++ 最初に石塔系墓石を作らせたのは天台座主良源。没年は西暦985年。呪術に近いことをできたと伝えられており、死後もその霊力を生かそうと石塔墓を作らせたとのこと。
++ 庶民が石塔を作り始めたのは江戸時代から。主として石職人たちが墓石として適当な石を庶民に売り込んだため。
ちなみに葬祭についての歴史も書かれており、
++ 肖像写真を使い始めたのはごく最近。従前は棺の蓋を閉めずに列席者に最後の別れをさせていたが、それが省かれるようになり替わって写真が使い始められた
++ それ以前も肖像画を使うことはあったが、最初に肖像画を掲げたのは足利義満だとか。
++ 香典は従前、お米だった。葬式の日に近隣が集まって葬式を催行、その手間代に滅多に口にできない白米ご飯を食べ合ったようです。だから香典返しは昔はなかった。その後、現近代になり、参列者が増えるなどして「ふるまいご飯、ふるまい酒」が十分に行えなくなって、香典返しという制度ができてきた、、、などなど。
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